CSN21理事長杯争奪サッカーリーグ戦(丸亀市教育委員会後援)
1993年にJリーグが発足して以降、県内のサッカー人口も増えつつはありましたが、まだまだ中讃地域でも野球やソフトボールが主流でした。
サッカーの発展と、土器川草サッカーとして対戦相手を募り、試合を行いたいという地域のニーズの高まりに応え、サッカーのリーグが1997年に発足しました。
記念すべき第1回となった1997年秋季は、母体の中讃軟式野球協会より、CYK秋季サッカー大会として開催されました。
第2回の1998年春季には、初の外国人チームも参入し、一躍国際色豊かなリーグとなりましたが、最初の2年は参加チーム数も少なく、トーナメント戦形式で開催されていました。
日本がワールドカップに初出場した以降は、爆発的なサッカー人気もあって、1999年以降は今のようなリーグ戦形式となり、外国人チームも2チームと増え、順調に運営されていくこととなりました。
以降、リーグ戦は2002年までの4年間は8チームによる総当りでしたが、2003年に4チーム増え、12チーム対抗となりました。
そして、新規チームが5チーム増え、16チームとなった2004年からは1部・2部の2部制を取るようになり、運営も現在の形のようになりました。シーズン後には1部と2部の入替戦も実施され、最後まで残留・昇格をかけた戦いが行われました。
2005年はまたまた新規チームが5チーム増え、1部・2部各10チームの合わせて20チームとなり、また外国人チームも3チームへと増加しました。
リーグ戦終了後の2月3月には、当リーグとしては久しぶりに加盟全チームで参加のトーナメント戦も実施されました。
2006年は、東は高松市から西は三豊市の広域から22チームが参加し、4月から2月まで10ヶ月間の熱戦が繰り広げられました。
そして、2007年は3年ぶりに以前の中方橋下の15番グラウンドに場所を戻し、全21チームによって開催される事となりました。
リーグ戦終了後、1月から3月にかけて、来期新規参加チームを含めた19チームが参加しての第2回トーナメント戦 を開催しています。今回は完全抽選制としたため、最初から外国人チーム3チームのダービーマッチがあたるなど、大変な熱戦が繰り広げられました。 結果としては、リーグ戦の上位3チームがトーナメントでも上位3チームとなりました。
こうして年々趣向を凝らして盛り上がる一方、リーグ創設から現在に至るまで協力をいただいた数チームの有志の手によって、2008年には新たに30歳以上を中心とした3部リーグ(通称O-30)が開催される予定となりました。1部・2部も新規3チームが増えることとなり、23チームで新シーズンが開幕です。

15番グラウンド Aグラウンド
丸亀体協土器川公園案内図
http://www.marugame-sports.or.jp/sisetu/dokigawakouenn.htm
